追いコン日記
ついに最後の日記になってしまいました。
てつぺいです。
ほんとにお待たせしました
ごめんなさい
シンプルに引っ越しとか研究引き継ぎとかでバタバタしてるのと実家に帰ってきたり、スマホ買えたり、環境変化になれるのに時間かかってました。
僕はほんとに日記好きなのでもう書けないこと、だんだんと知らない人が増えていって読むこともなくなること、1日の楽しみの1つがなくなってしまうのが悲しいです。
ていうかここまで日記のクオリティ高くない?こんなにハードル上がって回ってくるって聞いてないよ。みんな「全然考えてなーい」とか言ってたじゃん。3月16日15:00時点でほぼ白紙よ?人に伝えようと思って書くと恥ずかしくなってきて書いては消してを繰り返してる…
4年目くらいからずっと最後の日記はこういうこと書こうかなって時々考えたりしてたけどいざ書くとなると全然書けませんね。
目次
1. 書きたいこと
2. メッセージ
3. 大会振り返り
1. 書きたいこと
とりあえず僕の大学生活を学年ごとにさっと振り返ろうと思います
【ど陰キャツイ廃1年目】
入学時の僕がどんな人間だったかというと外見的には激ださヨレヨレ英字Tシャツにお母ちゃんの買ってきたジーンズ、いつ買ったかもわからない袖の伸びきったジップパーカーが定番のスタイル。1000円カットヘアに髭の剃り方すらよくわかってなかった気がします。得意なトークテーマは自分語り、今季のアニメ、ネットスラングでした。そんなのでコミュニケーションがまともにとれるわけがなく、高校の友達はマジで一人もいませんでした。
そんな人間がなぜラポラに迷い込んでしまったのか
シンプルに褒められるのが気分良すぎました。玉蹴りがちょっとできるだけで信じられないほど褒められる。雰囲気も非常によく、ド陰キャにも優しい先輩たち
「こんなにかっこいい人たちと同じ集団に入ってやっていけるだろうか…」「サークルで浮いちゃったらどうしよう」とかいろいろ考えましたが、「俺玉蹴りうまいし大丈夫でしょ~」って感じで気づいた時には入ってました。
ここからすでにわかる通り
・やっていけるだろうか 浮いちゃったらどうしよう とかいうネガティブ思考
・その癖に まあ俺玉蹴りうまいし とかいう他人と比較するような思考
・褒められてその気になっちゃう自己肯定感の低さ
人間としての程度の低さが計り知れますね。
こんな人間として不完全な怪物のやらかしエピソードとしては
・先輩からの誘いをいつでもできる自分の用事で断る
「あした○○するけど来る?」「明日は買い物の予定なのでいいです」
友達に遊びに誘われたことない人間が急に誘われて脳がバグをオコシテイマス。
・同期が玉蹴りやっているところに「俺頭以外もう終わった~」、「情報学の課題?当然終わらせてから来てるよ」といちいち自慢しにいく
お前の自分語りもうみんな聞き飽きてるよって言ってやりたい
・自分の世界でしか動いていないので基本単独行動
練習後にご飯に誘われても節約のために行かない
・Twitterで世界への恨みを書き綴る
「前の席あいてるのにとなり座ってきたやつきもすんぎ」
「もっと効率いい進め方できないかなあのハゲ」
「ちゃんと時間通り終わらせろよ、時計読めないの?」
「食堂こみすぎ、その癖にレジ空いてないし、シフト作ったやつ頭沸いてんのか」
アカウント消しちゃってるから想像で書いてるけどたぶん言ってた
・先輩と大会に出てるのに偉そう
・みんな俺の不満にきづいてよ!というかまってちゃん態度
・同期がめっちゃ俺に激おこなのにきづかない
これがほんとに一番やばかったと思う。
トスアタでアタッカーゆうと(同期)トサー俺
トス食い込んで打てなかったときの一言
「麻じゃないから(ゆうとの良さを引き出すためには)もっと引っ張り側にトス上げないと」
ビギナーズであさと組んだ直後の練習で、体が柔らかく期待されているあさに対して劣等感を感じていたゆうとからしてみればぶち切れ案件。実際に床にボールたたきつけながら「てめぇ今なんつった」とまで言われているにも関わらず「ええ…なにこいつこわ…」ってなっただけなの、コミュニケーション機能不全すぎ。
これだけ書けばどれだけのポンコツAIがラポラに迷い込んだかがわかっていただけると思います。引き続きAIの学習の過程をゴランクダサイ
【陰キャ空回り2年目】
そんなこんなでまともなコミュニケーションをとれないやつがうまくなじめるわけもないですが、2年目にしてやっと俺浮いてね?ってことに気づき始めます。
ただ、気づいたところでそれを覆せるだけのユーモアも、実力も、リーダーシップもなにも持ち合わせていません。まず最低限身なりに気を遣うようにして見た目だけでも浮かないようにしていました。
服を買うことすら初めての経験、服を買いに行く服がない負のループ。エスタのユニクロは札駅大通りエリアに張ってある陰キャバリアのせいで入れないので二十四軒のユニクロに行ってました。
ヘアカットの値段が1500円に格上げされました。
あとは単独行動を減らしてスケジュールを極力開けていつ何に誘われてもいいようにシミュレーションを重ねましたが、それが発揮される機会はほとんどありませんでした。
ただ絶対練習だけは行ってた気がします。セパタクローがうまければサークルで輝けると思っていたのでその夢だけはずっと持っていました。練習がない日はひたすら公園で玉蹴り、4限が空いてなかったのと練習してるのを見られるのが嫌でずっとコソ練してました。
あとは頑張って声を出すようにしてました。声だけ出してるしろうが評価されてるんだから俺も声出してりゃ行けんじゃねとか勘違いしてました。そしたらレグ組んだ時つばさに「声、怖いです」って言われたのでほんとに質の低い盛り上げをやろうとしてたのでしょう。盛り上げるつもりで出してる声で後輩を怖がらせる、まだまだ人間には遠そうです。
【まじでサークルやめたかった3年目】
ここが自分史上ほんとにつらかった。みんなみたいに、結果出せなくてとか、うまくなれなくてとか、モチベーションがあわない とかそういうつらさとは別のもの。
「自分がラポラに所属している意味を感じない」
3年目にして道大でレグが組めない。
シンプルに組みたい人を順に選んでいったら俺が余った。
セパはじめたての1年生と組むかでないかの2択。
日常では遊びに誘われることも、ご飯に誘われることも、飲みに誘われることもない。
ユーモアで盛り上げることも、リーダーシップで引っ張ることも、人を誘うこともできない。
練習でどれだけ頑張ろうとレグが組めないから練習する意味が分からなくなる。
試合での経験値が違いすぎて後輩にすら実力もおいていかれる一方。
それでももがいているのがたまらなく情けなく無様に思えてくる。
自分自身すら何をしていいのかわからない状態で後輩に教えられることもない。
ここで完全に心が折れました。
最低限迷惑はかけたくなかったので仕事だけやりきるために代替え飲みでやめることを誰にも言わずに決めて、練習に行く頻度も減らしました。
そして迎えた最後の日
この飲み会でなにもなかったらもう練習にいくつもりもありませんでした。
そんなタイミングで一つ上のキャプテン、ともやさんが本気で引き留めてくれました。
本当にたくさんの言葉をもらったにもかかわらず泣きすぎて全然覚えてないけどあの時のことを思い出して今も泣きながら書いています。
尊敬する人間からの言葉って本当に心に刺さることを知りました。
ここから僕の目標は「ともやさんに報告できるような結果を残すこと」でした。ただラポラに残ったからといって試合でまともに戦えない状況は全く変わりません。ただそれでもラポラに残ると決めたからには「結果ではなくても何かラポラに貢献したといえるものを残すこと」これだけは絶対に忘れないと決めました。
まあそんな感動的なエピソードがあったにもかかわらずこの年の冬にスノーボードで膝剥離骨折してるんですけどね。コロナで道オープン中止になって本当によかった。ならなかったら骨折した膝で出てたからね。
復帰してからは10キロランニングを最低週1とかでやって体力だけは落とさないようにしてました。
【コロナ禍で差をつけろ4年目】
ちょうどモチベーションが最高潮に来たところでコロナというアクシデント
ただ、僕にとってほかの人のモチベーションが下がることはチャンスでした。
研究室というラポラとは別のコミュニティで活躍することもでき、自己肯定感も向上、メンタルも成長したように思います。練習が中止になっているにもかかわらず普段通り週3高架下に通ってひたすらグラ
2時間以上グラしかしなかった日もありました。
はぎさん(元日本代表)、やんとさん(ゆうしさんの代のタクタクのトサー、レシレシの身を食べた全身インサイドレシーブモンスター)などのオールスターに直接指導を受けながら、めっちゃ練習してました。
もともとレシーブは得意でしたが、レシーブからの動きだしや、アジリティの向上、安定感はここで身についたものが大きいと思います。
コロナ明けの僕の仕事は
・ここで身に着けたものをラポラに持ち帰る
・結果に結びつける
そう思って臨んだ最後の秋学生
結果だけみればゴミでした。敗退が決まってからのレグの雰囲気は終わってましたが、入りとかそんなに悪かった記憶がない。シンプルに記憶から消してるだけかも。
ただ、結果だけにこだわるのではなくてラポラに貢献するというもう一つの目標があったおかげで折れずに済みました。
【やっと何かを掴んだ5年目】
4年目までまともに試合で戦った経験がないまま5年目に突入。
このころからは就活や研究活動などサークル以外にも様々な活動をしていく中で自分って結構すごいんじゃねって思い始めました。ちゃんと就活もしながら、学会発表もして、サークルも行ってバイトもしている。
サークル以外のどのコミュニティでも活躍できているし、すべてのタスクを予定通りこなしている自己管理能力、俺もしかして天才?
そうです。ここにきて著しく欠如していた自己肯定感がセパタクロー以外の成功体験によって向上してきました。
本来自己肯定感ってこういうあげ方するのよくないんですよね。成功で向上した自己肯定感は失敗で元に戻る。成功しても失敗してもそれでいいと認められることが自己肯定感なので人間までもう一歩といったところでしょうか。
セパタクローでは、唯一でた道大でメダル掛けで敗退したもののタイブレークでも十分に集中して最後まで戦うことができ、周りからも戦えるようになった、勝てるトサーに近づいたと評価してもらえるようになりました。2セット目集中してれば勝てたから全然だめだったけどね。
この大会に出た同期で唯一僕だけがメダルをもらえなかったのはめっちゃ悔しかったです。
【まだまだ伸びる6年目】
就活も終えてあとは大学生活最後の一年をやりきるだけ。
この年でなにも残せなければラポラに残った意味がない。
他の人にとっては最後楽しむぞって感じだったと思いますが、僕にとっては最初で最後の勝負の一年でした。
そして迎えた8月のチーム戦、正直めっちゃ気合いはいってたし、かつてないほど集中してました。
勝った瞬間せいやもけんせいも泣いてたけど、集中しすぎてて勝った実感がなく泣くタイミング逃しました。何よりも本当に欲しかった結果がやっと出せたこと、1年生で優勝を見てからずっと目標だった夢を達成できたこと、報告できるような結果を残せたこと、本当によかったです。
セパタクローでは大きな目標をひとつ達成することができたので、次の目標は「自分自身の人間的魅力の向上」でした。
サークルで周りを見ていると遊びによく誘われるような人は話が面白い人、人間的魅力の高い人だなと感じ、恥ずかしいですがそういう人に憧れました。
面白い話をするためには面白い経験をするのが手っ取り早いと思ったので、あらゆることに挑戦する、その全ての経験を糧にする、という人生規模で見ても大きな目標が見えてきました。
僕はこれまでの人生で挑戦することを極端に避けていたように思います。プライドの高さゆえか失敗することを恐れていたのかもしれません。だからこそ今の目標で自分がどう変わっていくのか本当に楽しみです。
この1年でほんとにたくさんのことを経験しました。
一人でカフェで読書とかQOL高すぎて笑ってしまいます。無計画青春18切符日本縦断旅行もこれまでの僕なら絶対行かなかったでしょう。一人でいった韓国の国際学会で現地で友達を作るなんて今でも信じられません。タクタクとして全国団体戦に出場したのも大きな刺激をもらいました。学科のコース規模での大きな飲み会も企画したし、過去最大規模のスノボ合宿も企画しました。美容室にもいきましたが1500円カットとの違いがわかりませんでした。
ラポラでは楽しいことだけじゃなくて本当につらいこと、苦しいことの方が多かったですが、それでもこのサークルだからこそ自分自身の人間性にまで本気で向き合うことができたなと感じています。
という非常に自分を語っただけの文章で大学生活の振り返りとさせていただきます。
2.メッセージ
思い付いた人に適当に書きます。
・ ともやさん
今の僕があること、ラポラから逃げずにいられたのは改めてともやさんのお陰だったなと感じています。本当に感謝していますし尊敬しています。
何かやらかしちゃったときは弁護お願いします。
・ ゆうしさん
僕のセパタクローにおける考え方は全部ゆうしさんの受け売りで最後までなに一つ越えられませんでした。全国団体戦もゆうしさんと一緒に戦えるならと思ってでることにしました。ゆうしさんが築き上げたラポラに所属できたこと、ゆうしさんの後輩でいられたこと、本当によかったです。ゆうしさん、ゆいしさんとしゃべりすぎたせいで僕のしゃべり方にエセ関西風の半端者が住み着いたのどうしてくれるんですか。
・ けんせい
僕のセパタクローがうまく行きはじめたのはけんせいと組んでからです。少し前まではアタレシの練習にちょうどいい~とか思ってたのに、気づいたらまじでうまくなっててぜんぜん取れなくなってしまいました。チーム戦と道大では後輩というよりも同期と組んでいるかのような頼もしさでした。ありがとう。
・ ゆうき
僕のレシーブの一番弟子だと思ってます。一番教えました。そんな後輩と一緒に成長してラポラAとして一緒に戦う。まじでエモかったです。
最後の道オープンでの試合は、1年生の時に一緒に出たチーム戦でのプレーを思い出しながら見て、その成長具合に本当に泣きそうでした。
さとみとお幸せに。
・ 同期
別にそんなにすきじゃないですが尊敬はしてるし仲良くはなりたかったです。なにか違えば仲良く...なれなさそうだね~。一緒に戦えたことは楽しかったです。結婚式は呼ばれたら行きます。
・ 先輩たち
ポンコツAIでコミュニケーションがとれてないことでたくさんのご迷惑をおかけしたかと思います。それでも僕の成長を温かく見守ってくれた、真剣に向き合って協力してくれた、そんな素敵な先輩たちが繋いできたラポラに少しでも貢献できていれば嬉しい限りです。
・ すず
退学になったって聞いてたけどお元気ですか?
スノボ合宿のお金返してください。
・ 後輩たち
ミーティングってやらなくていいの?とか、練習の隙間時間長すぎとか、自己管理がなってないとか指摘したいことを上げればキリがないですが、僕個人としては今後ラポラがどうなろうと知りません。残すべきものはもう残したし、応援もします。でも活動するのは、これからのラポラを作るのは君たちです。自分達でどうありたいのか、どうなりたいのか、そのビジョンくらいは全員で共有してほしいと思います。
セパタクロー以外でもやりたいこと全部挑戦してください!
時間もあって、無茶についてくる体もある、協力してくれる友人もいる、こんなに挑戦しやすい環境は人生おいてもうないかもしれません。皆さんの素敵な経験談を聞けることを楽しみにしています。
あと同期は大切してあげて!人の心は結構簡単に壊れます!僕みたいな人がいたら是非同期で救ってあげてほしい。
長々と読んでいただきありがとうございました。
春からは横浜に住んでいますし、実家は札幌なので帰省のタイミングで会おうと思えば全然会えます。何かあった際には是非声をかけてください。行けたら応援にもいきます。
セパタクローはしないつもりです。うまくなることが楽しいセパタクローにおいて練習頻度が落ちることは致命的すぎて嫌いになってしまいそうだし、やめるタイミングを見失いそうです。
タクローはインテリアにでもしときます。
6年間ありがとうございました。
ここからはおまけです。
3.試合振り返り
・ ラポラ杯 りゅうと、たくみさん(4つ上)
最初はアタッカー志望でしたが、練習の度に内出血、もも裏が真っ青になってからなんか痛いなぁって感じで肉離れに気付き諦めました。ケガに鈍感というか脳筋スタイルなのはこの頃から変わりません。ということでトサーを始めたてでラポラ杯。同期のりゅうと(当時アタッカー)、たくみさん(4つ上)と準優勝でした。決勝で、サーブをももレシしたら盛り上がったのがすごい気分よかった。
・ 道大 つぼさん(1つ上)、わたるさん(1つ上)
初めての大会で先輩と組んでもらう贅沢さ。このときのトスはめっちゃ蹴っ飛ばしてる高いトス、一応ネット際には落ちてるけど死ぬほど打ちづらかったと思います。練習のときもなんか打ちづらいって言われたけど「わかりました(何が悪いのかわかんねー、ネット際に落としてるじゃん決めてよ)」とかくそ生意気なこと思ってました。ごめんなさい。試合当日もコンタクト忘れて遅刻するやらかし付きです。
でもタクタク2年目レグ相手に煽り倒して勝って決勝リーグまで残れたのはめっちゃ嬉しかったです。
・ 秋学 欠場
こうさん(1つ上)に声をかけてもらっておきながら「うーん?組んでも組まなくてもどっちでもー(俺だけまた上と組んで嫉妬されたり同期と仲良くなれないのも嫌だしどうしよ…)」みたいな感じだった気がする。その後のレグ決めも「トサー一人余るの?みんな出れるなら俺出なくていいよ~」って感じで欠場
・ ビギナーズ あさ、しろう
先輩たち6人くらいの中に俺だけ混じって飲みに連れていってもらったことがありました。朝4時とかまでずーっとセパの話、この人たちどんだけセパ好きなのって思ってました。そこでビギナーズには出ろって言われてあさとしろうを誘って出ました。人を大会に誘ったのはこれが最初で最後、ついでに同期3人で試合でるのもこれが最初で最後でした。麻が本当にすごくて、レグのまとめ役も、やばいトスも決めてくれて本当に頼りになるなと思ってました。
だからこそ最後の1点をフェイントしにいって外したみたいな感じにされてたのが悔しかった。あれは完全にトスミス。いまだに忘れられないトスの1本。同期3人が賞状もらってるのも悔しい。
フットサルシューズはここで引退。
同期アタッカーもレベル高いしめっちゃ頑張ろうと思ってた。
・ 新人戦 りゅうと、カンチルの先輩
モチベめっちゃあったのにゆうとと喧嘩してレグ組んでもらえなかったのでカンチル(なくなったサークル)の先輩に協力してもらって出場しました。正直にいうとこれまでの試合と比べて面白くなさすぎてつらかった。
・ JOC欠場
寄せ集めでレグで気軽に関東はいけないよね。
・ 道オープン たくみさん、こうさん
レグ組めなくて腐ってる後輩を誘ってくれる神のような先輩たちに救われました。就活で忙しい中で練習参加してもらってるのに、「サーブ狙われないと集中力切れちゃうんですよね」とかまじでなめたこと言ってました。ごめんなさい。
試合では千葉の社会人やはぎさんたちとやりあえたまじで楽しかった大会。セパ人生で一番楽しかったかもしれない。千葉のサーバーのフェイント、えぐいやつを1本決められて「次はとります」って言った直後にきた全く同じフェイントを完璧にあげたときの快感は多分一生忘れない。負けたときの最後のポイントでたくみさんが急にアタックうちにきてネットかけたのも面白かった。
2年生
・ 春学欠場 あさ、たりく
先輩たちと組んで最高の試合をした直後で物足りなさを感じたり、緊張感が足りなかった。練習中の自由奔放な振る舞いは扱いづらかったと思います。試合出てみたかったな。
・ 道大 りゅうと、けいと(1つ下)
初めて後輩と出た試合。グラでけいとを育てるのが楽しかった。
先輩として頑張ろうって気持ちがかなりあった。
このときの緑のユニフォーム気に入ってたのに誰かに貸したら返ってこないです。どこにいったのでしょうか。
・ 記憶にない秋学
忘れたけど多分出てない。
・ 新人選 つばさ さとし
気づいたら後輩と出るのがデフォルトになってますね。これがつばさに怖いって言われた大会。上位4チーム中3つがラポラの同期達、自分がそこにはいれないことが本当に悔しかった。
でも試合自体はとら、しろう、ひろきといい勝負もできて楽しかった。
・ JOC つばさ さとし
新人戦からそのままのレグ、日体のヤバいインステップサーバー相手に全員でコート右半分に入ってサーブレシーブしたの面白かった。ちゃんと工夫したり考えたりしてたんだな~笑
同期が3位になる。しゅーやがトサーはじめたのは1年の秋学生から、歴浅いのにめっちゃ結果だしててものすごい嫉妬する。
・ 道オープン とら、つばさ
たしかはすおさん(2つ上)がレグ組みたいのに組めない僕に気を使って集めてくれたお陰ででれた大会。
練習でラポラAまで全部倒したりしたときはめっちゃ楽しかった。試合では僕が崩れてボロボロ、とらからは「もっとできると思ってた」と素直な言葉のナイフ、周りからも「あれはつばさがかわいそうだわ」と言われる始末。普通にへこんだ。
たくみさん、おっささん(4つ上)、ゆうしさんのレグが酒販?から1セットとってたのこの大会だったはず。
https://youtu.be/AJCXJhMt-hw
やっぱり今見てもたくみさんえぐい
3年目
・ 春学 さとし、しろう
後輩3人レグに練習で負けてDiv3出場
3年目でDiv3は流石に勝たなければいけないレベル。ただ、しろうのおかげで楽しく、必要以上に緊張せずに挑めて楽しかった。寝坊してノーアップで試合に出たのはごめん。
https://youtu.be/VfnjYyD5N8o
https://youtu.be/qXQwRUnS9pY
ちょうど動画あったけど今の1、2年目のいい基準になりそう。
・ ダブルス あさ「甘党マグニチュード」
レシーブした方がトサーになる自由自在フォーメーション。
ちゃんとローリング決めたし、たくみさん、おっささんと戦えたのがめっちゃ楽しかった。
・ 道大 欠場
闇落ちの道大
・ 秋学 さとし、せいや
春学以来の久しぶりの大会、気合いと緊張と自信の喪失とメンタルの全てが終わってた。後輩と組んでおきながらほんとに情けない。このときはごめんなー。
・ チーム戦B
みきお、つばさと組んでみきおがボレーぶちかますのを楽しむレグだった気がする。ちゃんと点差つけて当時1年生だったゆうき、ふうたを出せたし、アタレシからの自上げローリングも決まった。
けいとがラポラAで僕がラポラBなのは悔しかったし、哲平じゃ勝てないよねが共通認識なのが普通につらかった。
でも「どうせ0-0交代のAよりBの方が試合できて楽しいしBでええわ」って思ってました。実際Aから1試合とって勝ちレグ引っ張り出す大健闘、Aは2年目にボコボコにされててちょっとざまあ見ろと思ってました。
・ 道オープン みきお、ゆうき
もう一度組みたいレグNo1
中止になったのが本当に残念
4年目
・ 秋学 ゆうき、みきお
道オープンのリベンジレグだったからめっちゃ燃えたし、練習も悪くなかったのに本番ボロボロだった。まじで何でだろうね。
同期や1つ下がバチバチに戦ってるの見てめっちゃ悔しかった。
5年目
・ 道大 つばさ、けんせい
1年生の時ぶりにセパタクローしました。メダルのかかった試合、結構普通に勝ってたところから負けて、悔しかったけど久しぶりにセパタクローできたことの方が楽しかった。
あと試合の中でブロックカバー、アタッカー体勢整ってない、ので自上げローリングが自分史上一番きれいに決まってまじでお気に入りのプレー。
6年目
・ ダブルス みきお「戸愚呂兄弟」
勝てそうだったのに負けたのめっちゃ悔しかった。勝てば賞状のところでまた負けた。もうダブルスでもいいから結果欲しかった笑
相手のローリングアタレシして、そのまま自上げローリングしたらレシーブされてっていうラリーがめっちゃ盛り上がって楽しかった。みきおのボレーは決まるとほんとに盛り上がるからトサーとしても気分がいい。
正直めっちゃ楽しかった。誘ってくれてありがとう。
・ チーム戦 けんせい、せいや
何であんなに調子よかったのかぜんぜんわからない。トスは全部ネット際に落とせる自信があったし、僕があげられないレシーブはラポラの誰もあげられない自信がありました。
2人とも前に組んでから久しぶりに組んで、成長がほんとに頼もしかった。ただ、ほんとに集中してたから試合中の記憶が全然ない。楽しすぎて試合が終わったことの方が悲しかったです。
相手サーブの20-19が全く怖くなかったの初めての感覚だった。この大会を最後にナンヤン変えたらトスの上げ方わからなくなりました。
・ 道大 けんせい、ゆうき
タクタクAはまじで相性悪かった。相手サーバーの得意なコースがレグとしてレシーブが苦手なコース。もう少しやれることはあったかもしれないけど正直厳しかったかも。
本当はタクタクBと戦ってみたかった。札ク戦はほんとに楽しかった。ちゃんと3位入賞。ありがとう。
・ 全国団体戦 タクタク レグ、クワッド
トスの上げ方がわかんなくなってるのが露骨に出て、結果を残してたからこそメンタルにもきた。ゆうしさんやおっささんと一緒に戦えたり、ゆいしさんが(4つ上)が応援にきてくれたり、めっちゃ楽しめるいい機会だったのに活かせなかったのが悔しい。
・ 東北オープン もりゆう、たくや「ポンポンロン」
1年生の頃から一緒にやってきた同期トサーレグ。終電無いときはうちに泊まったりしてたし、麻雀もよくやってた仲良いメンバーで試合に出るの楽しすぎた。結構前から言ってて実現したドリームレグでシザースも決まったし、きれいな流れでローリングまでいったのもよかった。
やっぱり敗因はレグの名前間違えられたこと。
間違えられた名前は「ポンポロポン」
・ 道オープン やまと、たかはる
夏ごろにやまとに泣きながら出たいですと頼まれてレグが結成。みやもとたかはるで悩んでスロー投げたくないからたかはるにした。あとレシーブ育てたいと思って育てがいのある方にした。
タクタクの4年目、4年目、2年目のレグ相手にタイブレでも接戦の大健闘、というか負けたの俺のトスが上がらなさすぎた。
この敗戦で不名誉な記録「6年間タイブレでの勝率0%」を達成しました。
次は予選抜けるためには勝ちが必須の東北戦、タクタク対東北もタイブレの接戦の予選グループ。
1セット目はしっかりとってだい2セット。
立ち上がりがかなり悪く6点差ついたところでタイムアウト、そこから15点くらい連続得点で勝ち。タイムアウトで流れを変えるところを実際に後輩に経験させられたのがよかった。あとはアタレシあげすぎて相手のトサーに「うますぎるだろ!」と言わせたのまじで気分よかった。
予選2位抜けして「俺くじ運めっちゃ悪いんだよね」というフラグを立てて引いた決勝リーグ1回戦の相手はA.K.tippler...
最後に代表と戦えてよかった。やっぱレベチ。なにもできずに負けたけど最後にいい経験させてもらえました。
たかはるもぐんぐんレシーブ上手くなってたけど、それ以上にやまとがほんとに上手くなって感動した。試合中に助けられる日が来るとは思ってなかった。だからお願いだからちゃんと自分の体は管理して。
最後の大会に本当に楽しく試合させてもらいました。ありがとう。
いやほんとに疲れた。案外覚えているものですね。
でももう書きたいこと残したいことはほんとになにもないです。ラポラだからこそ経験できたことがたくさんありました。
ここまで本当にありがとうございました。
ラポラ16期 トサー 浄土哲平
10 件のコメント:
最後トサー3人で出れてまじでよかった
名前ださいけど笑
チーム戦のてっぺいさんがちかっこよかったです
ラポラに残ってくれて感謝しかないです!
グラとかでめちゃお世話になりました🙇♂️
で、いつアイアンマンになったん??
ラポラAで出れて嬉しかったですー!
ラポラにたくさんのものを残してくれてありがとう。
香ばしい
ガソスタバイトの賄いでハイオク飲んでそう
今も後輩から怖がられてます
なんかのインスタライブでてっぺいが楽しそうに試合してるのみてうるっと来た。
またボードとか行こうね!
道大戦いたかったです。
ストセパでたくさんグラしてくれてありがとうございます。
てっぺーさんにアタック褒められたの嬉しかったです。
こんな過去があったなんて知らなかったです!
またどこかで!!
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